『ラストレター』にみる初恋から1歩も進めない男:福山雅治がダサイ!

『ラストレター』にみる初恋から1歩も進めない男:福山雅治がダサイ!

『ラストレター』にみる初恋から1歩も進めない男:福山雅治がダサイ!

 

この映画、高校生の時の初恋の女性を
愛しすぎちゃって、その後の人生、
ずーっとそれを引きずって
1歩も前に進めない男の話。

 

その1歩も進めない男をやってる
福山雅治さんがダサいことダサいこと!

 

普通、高校時代の初恋が成就する方が
マレなケースだと思います。

 

その初恋すら、高校生じゃ
今時は笑われちゃうほど遅いのでは?

と思います。

 

そして、地方から東京の大学に進学して、

 

 

 

 

付き合っていたのに他の男と駆け落ちされちゃった。

 

 

それだけでも、
福山雅治はよくも引き受けましたね!
この映画、と思ってしまいましたが、

 

 

ともかく「レター」ですから、
文通の文字がいっぱい読めると期待して観ました!

 

 

でも、福山雅治が演じる乙坂という男、
1人の女性に呪縛されて、
彼女の名前『未咲』という小説を書いちゃった。

 

 

そして1発屋で終わっちゃっている
売れない小説家ということになっています。

 

 

次の小説のためにも
「次の恋」をすべきじゃないのか?と思うのは
私だけ?

 

 

だって、人生は4000週間なのよ。

 

思い出だけをスルメのように噛みしめるには、
先が長すぎます。

 

 

普通に考えて、一生に出会う人の数って
だいたい何人なんでしょうか?
っていうことを計算した人がいるの。

 

 

私たちも生まれてから、
今まで色んな人に出会ってきたと思います。

 

 

もし平均寿命を80年として、
毎日新しい人とに1人出会うとすると、
365人×80年=29200人ほど。約3万人ほどなります。

 

 

ちなみに、現在世界にはおよそ78億人いるそう。
計算だけで、アバウト3万人だとすれば、

 

人との出会いが生じる確率はそのうちの0.00038%ほどになります。

 

つまり、一生の中で出会う人は、
ほんの一握りなのです。

たった0.00038%の偶然で、
転校した先の宮城県の高校で初恋の人と出会う。

たった0.00038%!

そう考えると、すでに出会っている家族、
友人、恋人、会社の同僚や先輩、後輩、
お客様と会う確率は、宝くじに当たるより
低い確率だと言えるでしょう。まさに出会いは奇跡的。

 

乙坂鏡史郎は自伝的初恋小説を書いた後は、
売れない小説家で、
食べてくためにいつの間にやら本業が
学校の先生になっちゃってるんです。

 

あぁ、なんたること!という映画なんですが、
映画の評価は四つ星・・・チーン!

 

まぁ、私的には松たか子さんとか、
広瀬すずちゃん。このふたりがいなかったら・・・
最後までなんて見る気しなくなる、
そーんな「なんだか陰気」な映画。

 

とはいえ、

 

筆跡だけ見るなら最高に面白い映画だったんです。

 

ともかく、松たか子の義母からして、
同窓会で英語の先生に再会して
英語の手紙の添削してもらったり、

 

乙坂は高校時代から毎日ラブレターばっかり書く。

 

松たか子は福山の初恋の人の妹なんですが・・・
高校時代は、乙坂と同じ部活で、
姉に手紙渡さず一途に乙坂を恋する乙女だった。

 

そういうわけで、下心も多少あって、
自殺した姉の代わりに同窓会に行き姉に成りすまし、
乙坂と連絡先交換して、今度は反対に手紙を書きまくる。

 

 

乙坂はその返事を美咲の実家に出すものだから、

「美咲」の娘まで母に成りすまして手紙を書きまくる・・・

ともかく手紙手紙のオンパレードで。
手紙大好きな私としては非情に満足したわけです。

 

 

映画より「手紙」の文字に
やられちゃったーっ!
ということなんですが、
松たか子の字が素晴らしい。

 

 

 

女性的で美文字なんです。

 

美文字の方って
「躾の厳しい」オウチで育つと
お行儀のよい文字になってしまうという
けっこう屈折した個性が出るのですが
期待を裏切らない文字なの!

 

キャッホー!
そんなこと喜んでいちゃダメ。

 

岩井映画として鑑賞するのだ!
と叱られそうですが、
仕方ないの!

 

私の場合は職業病ですから。笑

 

そんなこんなを書いてる私ですが
人生4000週間、だいじな時間を
だいじな人と共有していますか?

 

さっきは一生に出会える人、
3万人ほどと書きましたが
それはチャンスを計算しただけの話。

 

実際には、1万人と話す方は
とっても少ないと思います。

 

人が一生のうちに迎えられる
朝もまた3万回程だと言えるでしょう。

 

一生で出会う人に限りがあるならば、
そのご縁を大切にしていくこと。

 

それこそが私たちの、人生の質を上げてくれる宝物。

 

未咲の娘あての遺書は高校時代の
生徒会長としての原稿。

 

 

その時代だけが、未咲にとっても
輝かしい青春の日々だった。

 

過去に生きちゃっている人の話。
とはいえ、私たち大なり小なり、
人ごとではないはず。